嚥下障害-キーワード
嚥下に要する時間
1回あたりの摂食時間は、30~40分程度を目安として、1時間を超えないようにする。
嚥下の相(食物・食塊の移動)
嚥下を「食塊移動」の観点から分類したものであり、3つに分けられる。詳細は以下。
第1相(口腔相) 口腔→咽頭
作用:食塊が口腔から咽頭へ送られる。この期に呼吸は一旦停止し、この期の運動は随意的運動である。
第2相(咽頭相) 咽頭→食道
作用:咽頭相では、嚥下反射が惹起され、輪状咽頭筋が弛緩し、食道へ食塊を送り込む。また、鼻腔への食塊の流入防止と嚥下圧を高めるために、軟口蓋が挙上する。この相の運動は不随意運動であり、反射である。
第3相(食道相) 食道入口部→食道→胃(噴門部)
作用:この相は、食塊が食道入口部から、食道内を蠕動運動で進行し、胃の噴門部に到達する。この相の運動も不随意運動となる。
嚥下の5期(神経機構)
嚥下を「神経機構」の観点から分類したものであり、5つに分けられる。咽頭期より以下は不随意運動となる。詳細は以下。
①先行期(認知期)=食物の認知
作用:食物の形・量・質などを確認して、どのように食べるか判断し姿勢を整え、唾液の分泌を促進する。要は、摂食に必要な条件を整える期である。
②準備期=咀嚼と食塊形成
作用:口腔に食物を取り込み、食物の状態(堅さ)に応じて噛み砕き、嚥下しやすい形状(食塊)を形成する。
③口腔期=奥舌への移送・咽頭への送り込み
作用:形成した食塊を、舌の運動により奥舌へ移送し、それに続いて、咽頭へ送り込む。
④咽頭期=咽頭通過、食道への送り込み
作用:舌尖が持ち上がり、食塊が咽頭へ送り込まれると嚥下反射が生じ、極めて短時間に(約1秒)の間に以下の運動が連続的に行われる。
Ⅰ:軟口蓋が挙上し、鼻腔と咽頭が遮断される=鼻咽腔閉鎖
Ⅱ:舌骨・喉頭が挙上し、食塊が咽頭を通過する。
Ⅲ:喉頭蓋が下方に反転し、気管を塞ぐ。
Ⅳ:一時的に呼吸が停止する=声帯・仮声帯が閉鎖する
Ⅴ:咽頭が収縮し、食道入口部が開大する=輪状咽頭筋の弛緩
⑤食道期=食塊が胃へ到達
作用:食道壁の蠕動運動が誘発され、食塊が食道入口部から胃(噴門部)へと送り込まれる。この際、輪状咽頭筋は収縮し、食塊が逆流しないために、食道入口部を閉鎖する。舌骨・喉頭・軟口蓋は安静時の状態に戻る。
摂食とは
人間(有機栄養生物)が生きるために、食物を体内に取り入れること。
嚥下とは
食塊を口腔から胃まで運ぶ輸送運動。
1日に必要なカロリー
年齢や環境によって個人差がある。平均的には、30~50代:男性2550カロリー・女性2000カロリー
1日に必要な水分量
2.5ℓ(汗・呼吸:1ℓ 尿:1.5ℓ)
1日の唾液嚥下回数
580~600(食事時の嚥下も含む)
1日の唾液分泌量
1~1.5ℓ
1回に嚥下する液体量
15㎖(cc)
咽頭期に要する時間
0.5~1秒以内(口腔~食道期:7~10秒)
嚥下時の喉頭挙上
3~3.5㎝(1~1.5横指分)
高齢者の摂食・嚥下機能の特徴
・歯牙喪失…原因は齲蝕、歯周疾患
・咀嚼力の低下…加齢に伴い、筋繊維の減少が起こり、筋力が低下。咀嚼力の低下により、咀嚼時間が延長、口腔内からこぼれ落ちるという現象が起こる。
・唾液腺の分泌量低下…唾液腺の萎縮、腺細胞の脂肪変性が原因。粘性の高い唾液となる。
・食道入口部圧の上昇…食道入口部(輪状咽頭筋)の弛緩が緩慢。
・喉頭…1椎体低い位置・舌骨の下降により、声門上部の空間拡大・声帯の萎縮・喉頭挙上期の移動距離が伸び、時間も延長。
・咽頭…咽頭クラアランスの低下・嚥下後に喉頭蓋谷や梨状窩に食塊の残留
・味覚、嗅覚の減衰
・口臭…直接的原因は食物残渣、間接的原因は全身的基礎疾患が背景にあり、口腔局所の原因を憎悪させている。
・呼吸器系…肺胞周囲の弾性繊維の減少、胸郭の変形、呼吸筋の筋力低下により、肺活量低下。発声持続時間が短くなる。
嚥下反射の生じる部位
・末梢性:三叉神経・舌咽神経・迷走神経
・中枢性:上位脳
・中咽頭、下咽頭の刺激により嚥下反射誘発
嚥下反射の神経支配
・三叉神経
・顔面神経
・舌咽神経
・迷走神経
・舌下神経
嚥下中枢
・脳幹にある孤束核と延髄網様体の介在神経によって構成。
・機能的には、起動神経群と切り替え神経群に分けて考えられる。
咀嚼(中枢、咀嚼運動の特徴、咀嚼により伝達される情報)
・咀嚼中枢:脳幹
・咀嚼運動:一定のリズム(2回/秒)を持った運動
①開口相:1回の咀嚼運動では、下顎は閉じた状態から開始し、最大開口位の半分程度まで開口する。
②閉口相:①のとき、下顎はまっすぐ開口しないで少し咀嚼側に偏って開口する。続いて、下顎は咀嚼側に向かって閉口し始める。
③咬合相:上下歯列が接近すると食物は圧縮・粉砕されるが下顎は閉口とともに側方運動を喉頭嵌合位(上下の歯が最大面積で接触する下顎位)の方向に変化させ、食物をすりつぶす運動を行う。
・咀嚼運動はリズムを持ち特に意識しなくても実行可能な半自動運動である。
・伝達される情報:食物の形・量・物性、位置情報
発達期の摂食・嚥下機能の特徴
①新生児
口腔咽頭の構造
・高さが低い
・奥行と横幅が狭い
・上顎に対して下顎が後方にあり、舌骨と喉頭が高い位置にある
↓
・生後6ヵ月から3歳で舌骨と喉頭は下降
・喉頭の下降に伴い中咽頭が広がり、母音の発声が可能となる
②乳児
・喉頭が鼻腔に突き出ていて呼吸をしながら哺乳できるような気道と食道の関係になっている
・喉頭が下降するに伴って誤嚥のリスク増大
摂食・嚥下獲得過程:
①経口摂取準備期
原始反射から、刺激の違いを受け入れて異なる随意的な動きができるようになり、経口摂取のための準備が整えられる。
胎生8週:口唇の周囲に刺激を与えると、頸部・体幹が刺激側に屈曲
胎生12週:開口・口唇閉鎖・嚥下誘発→吸啜反射の始まり
胎生24週:探索反射・吸啜反射
哺乳期:栄養摂取のために口の動きが原始反射により主としてなされている時期。出生5ヵ月間程度が哺乳期にあたる。
※原始反射:探索反射・吸啜反射・咬反射・口唇反射→出生後4ヵ月から消え始め、7ヵ月くらいまでに消失する。
②嚥下機能獲得期(哺乳初期)
・離乳の初期
・乳児嚥下
③捕食機能獲得期(離乳初期)
・食物の物性を感知、物性に応じた処理機能(咀嚼など)を引き出すことが可能
④押しつぶし機能獲得期(離乳中期)
・舌の力でつぶれる程度の固形の軟食を食べられる
⑤すりつぶし機能獲得期(離乳後期)
・すりつぶしながら唾液と混ぜ合わせる咀嚼機能を獲得
⑥自食準備期
・手と協調して自分で食べる機能が発達
⑦手づかみ食べ機能獲得期
・上肢や手指と協調することにより、顔を動かさず食物を口唇中央部で捕食できるようになる
⑧食器(食具)食べ機能獲得期
・スプーンなど食具や食器を使って食べる機能を獲得する
摂食・嚥下に関与する筋と神経
表情筋群:口輪筋、頬筋、笑筋、オトガイ筋(顔面神経)
咀嚼筋群:咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋(三叉神経)
舌筋群:内舌筋:縦舌筋、横舌筋、垂直舌筋(舌下神経)
外舌筋:オトガイ舌筋、舌骨舌筋、茎突舌筋(舌下神経)
軟口蓋筋群:口蓋帆張筋(三叉神経)、口蓋帆挙筋、口蓋垂筋、口蓋咽頭筋、口蓋舌筋[咽頭神経叢](舌咽・迷走神経)
口腔相の障害で起こる問題
口の中に食物をため込む、嚥下後にも口腔残留がみられる、だらだらと食塊が咽頭に流れ込むために嚥下前の誤嚥が起こるなどがある。
咽頭相の障害で起こる問題
誤嚥と咽頭残留、通過障害が問題となる。仮性球麻痺では、筋力低下、嚥下反射の遅延、喉頭閉鎖のタイミングのずれ等。
球麻痺では、嚥下反射が誘発されない、不完全に起こる、食道入口部が動かない等。
食道相の問題で起こる問題
脳血管障害、神経筋障害、食道疾患、加齢などで食道の蠕動障害がおこり、胃食道逆流、食道内逆流、食道残留等が見られる。
摂食障害とは
外部から水分や食物を口に取り込み咽頭と食道を経て胃へ送り込む運動のいずれかに異常が起こってしまうこと。
嚥下障害がおこる筋原性疾患
変性疾患:筋委縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性進行性筋委縮症
特発性:重症筋無力症、筋ジストロフィー症
炎症:多発性筋炎、全身性エリテマトーデス
嚥下障害がおこる神経原性疾患
糖尿病性神経症、反回神経麻痺、ギランバレー症候群など
嚥下障害がおこる心理的要因
神経性食欲不振症、認知症、拒食、心身症、うつ病、うつ状態
医師が行う検査
①嚥下造影検査(VF)
X線透視下で造影剤を飲んでもらい、口腔・咽頭・食堂の動き、構造の異常、食塊の動きを評価する方法。誤嚥が疑われる患者、摂食嚥下障害の原因が口腔・咽頭にあると思われる患者、摂食嚥下障害の誘因となりそうな口腔・咽頭の異常が認められる患者に適応する。
被ばくする。
②嚥下内視鏡検査(VE)
嚥下内視鏡検査は、鼻咽腔口頭ファイバースコープを用いて嚥下諸器官、食塊の動態などを観察する方法。ビデオテープに記録する場合は、ビデオ内視鏡検査(VE)と呼ばれる。被ばくがなく、携帯性に優れ、ベッドサイド・在宅での検査が可能。実際の摂食場面での検査が可能で、粘膜・唾液の状態が直視下に観察可能。
③嚥下内圧測定
圧トランデューサーやバルンを用いて嚥下時の咽頭・食道の内圧変化を観察する。しかし、測定条件などに未解決の問題もあり、日常に臨床応用するには至っていない。
④筋電図(EMG)
筋電図検査には①神経電動検査②針筋電図検査③動作筋電図検査の三種類がある。
①②は末梢神経疾患または筋疾患の有無や部位の測定などに用いられ、③は強調運動における個々の筋活動を調べるために行われる。①は主として顔面や上下肢を対象であり、嚥下障害の検出には用いない。
⑤電気声門図(EGG)
直接誤嚥を検出できないが、喉頭挙上範囲縮小を示す患者の訓練に用いて、努力性嚥下やメンデルゾーン法習得の際にバイオフィードバックとして使用できる可能性がある。
⑥超音波エコー検査
主として歯科領域で、小児の哺乳・咀嚼・嚥下時の舌動態評価にもちいられる。残留や誤嚥の検出等咽頭期評価は困難だが、“逆嚥下”などの口腔期の異常パタンの評価に使用される。
⑦肺シンチグラム
主として高齢者の夜間における唾液の不顕性誤嚥の検出のために用いられる。就寝前、歯茎にインジュウムのアイソトープをのり状にしてつけておくと、夜間にのりが徐々に溶ける。翌朝、肺シンチグラムを撮ると肺内への誤嚥の有無が同定される。
嚥下訓練のリスクと限界
①発熱(37度以上)の有無
②痰の質量変化の有無(増加や膿性痰)
③肺野の雑音など胸部聴診上の異常所見の有無
④呼吸回数の変化の有無(回数・音の異常)
⑤嚥下前後および日常の声質(湿性嗄声の有無)
⑥炎症反応;CRP値、血沈、白血球の上昇の有無
⑦体重減少
⑧患者の訴え
⑨食事時間の遷延
嚥下障害の外科的治療
嚥下機能改善手術(発声機能は保たれる)
・喉頭挙上術
・舌骨下筋群切断術
・輪状咽頭筋切断術
・咽頭弁形成術
・咽頭縫縮術
・甲状軟骨側板切除術
・声帯正中移動術
誤嚥防止術(発声機能を犠牲にする)
・咽頭全摘術
・気管食道吻合術
・喉頭閉鎖術
・気管切開術
【参考文献】
監: 才藤 栄一/向井 美恵「摂食・嚥下リハビリテーション」,2008年
監: 廣瀬 肇「言語聴覚士テキスト 第2版」,2012年